大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 平成10年(行コ)2号 判決

控訴人

富山県代表監査委員

川原喜正

右訴訟代理人弁護士

島崎良夫

橋本勇

右指定代理人

高橋宏

外四名

被控訴人

若林和二

右訴訟代理人弁護士

青島明生

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、富山県民である被控訴人が控訴人(富山県代表監査委員)に対し、県職員の空出張の有無等を調査する目的で、富山県情報公開条例(以下「本件条例」という。)に基づき、公文書である富山県監査委員事務局の平成六年度の出勤簿(以下「本件出勤簿」という。)の開示を請求したところ、控訴人が平成八年三月二一日付でその全部について非開示とする旨の決定(以下「本件決定」という。)をしたため、被控訴人がこれを不服として控訴人に対する異議申立て(平成八年三月二八日申立て、平成九年四月一五日棄却決定)を経た上、本件決定の取消しを求めた事案である。

二  本件出勤簿は、富山県本庁就業規則に基づいて作成されるものであり、職員一人につき暦年ごとに一枚の書式として作成されていて、これには日付欄のほか、「職」、「氏名」、「採用年月日」、「退職年月日」、「前年からの繰越日数」、「翌年への繰越日数」の各欄があり、各日付欄には、職員が出勤した場合に自らする捺印のほか、出張(県外出張、県内出張)、職務専念義務免除、厚生事業参加、休暇(年次休暇、病気休暇、特別休暇、介護休暇)、育児休業、休職、停職、欠勤に関する記載がなされているところ(乙六の1ないし4)、原判決は、本件決定のうち、「前年からの繰越日数」、「翌年への繰越日数」の各欄の記載部分及び休暇、育児休業、休職、停職、欠勤に関する情報の記載部分(出勤、出張、職務専念義務免除、厚生事業参加と重ねて記載されている部分も含む。以上は原判決別紙一、二記載の部分)をそれぞれ除いた部分の非開示決定を取り消し、その余の被控訴人の請求を棄却した。これに対して、控訴人が原判決のうち、右非開示決定取消部分を不服として本件控訴に及んだ。

三  本件判断の前提となる事実関係及び当事者双方の主張(争点)は、次のとおり控訴人の補充主張を付加するほか、原判決「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。本件の主たる争点は、本件条例が、県内に住所を有する個人は実施機関(控訴人を含む。)に対し公文書の開示を請求することができる旨(第六条)定める一方、「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」(以下「個人情報」という。)が記載されている公文書については、実施機関はこれを開示しないことができる旨(第一〇条二号)定めていることから、本件出勤簿の各記載が、実施機関において開示しないことのできる個人情報にあたるか否かである。

四  控訴人の補充主張

1  本件条例の「個人に関する情報」について

原判決は、公務員に関する情報についてのみ「公務に関する情報」と「私生活に関する情報」に分けた上で、前者は本件条例一〇条二号の「個人に関する情報」に該当せず、後者はこれに該当するという。

しかしながら、原判決のこの解釈は、「個人に関する情報」の意義について、本件条例の具体的な条文規定及び立法趣旨を無視して、何らの根拠もなしに独自の基準を設定するものであって許されない。すなわち、本件条例は、公文書の開示を請求する県民の権利を定める一方で、個人に関する情報であって特定の個人が識別され得る情報(個人情報)が記録されている公文書については、原則として非開示とすることを定めており(一〇条二号)、ここでは公務員に関する特別な扱いをしておらず、したがって公務に関する情報と私生活に関する情報を区別する根拠もない。

このことは、各地の地方公共団体で制定されている公文書の公開に関する条例において、非開示とすることができる個人情報の規定の仕方について、「個人に関する情報で、個人が識別できるもの」と規定する方法(個人識別型・神奈川県等)と「個人に関する情報で、特定の個人が識別できるもののうち、公開することにより権利等の侵害のおそれがある(一般に他人に知られたくないと認められる)もの」と規定する方法(プライバシー保護型・大阪府、埼玉県等)の二つの形式があるところ、本件条例は前者の個人識別型に属し、具体的な情報がプライバシーに該当するかどうかに関係なく、個人情報を一括して非開示とすることができると規定していることからも明らかである。

また、原判決の設定した「公務に関する情報(公務遂行に関する情報、公務員の地位・資格に関する情報)」と「私生活に関する情報」という分類自体が極めて曖昧なものであり、到底法的な概念として区別できるものでない。例えば、学歴、職歴、成績、昇給及び昇格の時期と内容、給料及び手当の額、賞罰の有無等は公務員の地位に関する情報であるが、これを個人情報でないとして、非開示にできないことが不当であることはいうまでもない。

2  本件出勤簿について

(一) 職、氏名、採用年月日及び退職年月日について

原判決は、職、氏名、採用年月日及び退職年月日は公務員たる地位に関する情報であるから個人情報に該当せず、開示しなければならないとする。

しかしながら、原判決は公務に関する情報が個人情報に該当しない(開示しなければならない)とする根拠として、公務に関する情報が「県民らによる批判対象となるべき事柄」であることを挙げるが、右原判決の考え方を前提にしても、職、氏名、採用年月日及び退職年月日は、県民による批判の対象となるべき事項ではないから、開示しなければならない情報には当たらない。

(二) 出勤簿への押印について

原判決は、出勤簿に記載された出勤の情報は、当該職員が当該日時において職員として現実に職務に従事していたことを示すものであるから、公務の遂行に関する情報であり、個人情報には該当しないとする。

しかし、出勤簿に押印することは、その職員が定時までに出勤したことを証するにすぎず、その職員が現実に職務に従事していたことを表すことにはならない。したがって、公務遂行者の特定や責任の所在を明示する性質を有しない単なる定時出勤の事実を示すにすぎない出勤の記録は、公務に関する情報といえず、個人情報に含まれないとする根拠は存しない。

また、出勤簿に現れている印影はいかなる意味においても個人情報に該当することが明らかである。

(三) 職務専念義務の免除及び厚生事業への参加について

職務専念義務の免除及び厚生事業への参加はいずれも、当該職員が勤務すべき義務を負わないことを示すものであるから、その日は、使途が特定されているだけで、職員にとっては職務に従事する義務がないという意味で、年次休暇の場合と異なるところはない。したがって、これが個人情報に該当することは明らかである。

五  証拠関係は、本件記録中の原審及び当審における書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  当裁判所の判断

一  本件に対する当裁判所の判断は、次のとおり改めるほか、原判決「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一七頁九行目から一九頁七行目までを次のとおり改める。

「1 本件条例は、県内に住所を有する個人は実施機関に対し公文書の開示を請求することができる旨(六条)定める一方、個人情報が記載されている公文書については、これを開示しないことができる旨(一〇条二号)定めている。そこで、本件出勤簿中の富山県監査委員事務局職員の出勤状況等の各記載が、控訴人において開示しないことのできる個人情報にあたるか否かが問題になるので、以下、この点について検討する。

(一) まず、本件条例の定める情報公開制度の目的等についてみると、本件条例は、公文書の開示を請求する県民の権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県民参加の開かれた県政を一層推進することを目的とする(一条)ものであり、実施機関は、公文書の開示を請求する県民の権利が十分に尊重されるようこの条例を解釈、運用するもの(四条前段)とし、県内に住所を有する個人等が実施機関に対して公文書の開示を請求することができる(六条)として、公文書開示請求権を原則的に認めている。

(二) これらの規定からすると、本件条例は、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県民参加の開かれた県政を推進することを目的とするものであり、これを達するためには県民に対して県政についての情報を開示し、県民において県政に対する監視のできる制度を確保する必要性があるとの判断のもとに、その手段として、県民の公文書開示請求権を原則的に認めたものと解せられる。そして、右の制度趣旨、目的からすると、県政を担当する公務員の公務(その地位、資格、担当公務内容、公務遂行状況)に関する情報は、県民の県政に対する監視を実効あらしめ、ひいては県民の県政に対する理解と信頼を深め、県民参加の開かれた県政を推進する上で、開示すべき必要性の高い情報であるというべきである。

(三) その一方で、本件条例は、実施機関は(本件条例の解釈、運用にあたって)、個人に関する情報がみだりに公にされることがないよう最大限の配慮をしなければならない(四条後段)とし、具体的に、実施機関は、公文書の開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記載されている場合においては、公文書の開示をしないことができる(一〇条柱書き)とした上、同条二号本文で、これに当たる情報として、個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの(個人情報)を規定している。

(四) そこで、本件条例の前記の制度趣旨、目的を踏まえ、かつ県政を担当する公務員の公務に関する情報が開示すべき必要性の高い情報であることにかんがみると、右各規定(四条後段、一〇条二号)は、少なくとも公務員の公務に関して適用する限りは、情報を開示することにより侵害されるおそれのある公務員個人のプライバシーを保護する趣旨であると解するのが相当である(プライバシーと無関係に、一〇条二号の文言どおり、公務員個人に関する情報で特定の個人が識別され得るものがすべて開示しないことができるとすれば、公務員のプライバシーに関係のない公務遂行状況に関する情報も、当該公務員の個人識別ができる限り開示しなくて良いことになり、前記制度趣旨に反することになる)。

この点について、控訴人は、各地の地方公共団体で制定されている公文書の公開に関する条例において、非開示とすることができる個人情報の規定の仕方につき、個人識別型とプライバシー保護型があるところ、本件条例は前者の個人識別型に属し、具体的な情報がプライバシーに該当するか否かに関係なく、個人情報を一括して非開示としているので、公務に関する情報や私生活に関する情報(プライバシー)を区別して論じる根拠がない旨主張する。しかしながら、右条例の制度目的からすると、公務員に関し、プライバシー保護にとどまらず、それとは無関係な公務に関する情報まで非開示にする趣旨であったとは考えがたい上、本件条例が個人識別型を選択したのは、プライバシーの保護を目的としながらも、その概念及び範囲が未だ明確になっていなかったために、直接にはプライバシーという要件にはよらずに、これを包摂する「個人に関する情報で特定の個人が識別されうるもの」という要件によったものと解するのが相当であり、控訴人指摘の個人情報の規定の仕方の差異を重視するのは相当ではない。この点に関する控訴人の主張は理由がない。

(五)  そうすると、少なくとも公務員の公務に関する情報にあっては、公務員個人に関する情報で特定の個人が識別され得るものがすべて開示しないことができるというものではなく、プライバシー保護に必要な限度においてのみ、本件条例一〇条二号の「個人に関する情報」にあたるとして、非開示とすることができるものと解するのが相当である(公務員の公務を離れた私生活の情報がプライバシーに関する情報として「個人情報」にあたることは明らかである)。」

2  原判決一九頁八行目から二一頁五行目までを次のとおり改める。

「2 そこで、以下、本件条例一〇条二号についての右判示のとおりの解釈を前提に、本件出勤簿に記載されている個々の情報が、非開示とすることのできる情報に当たるか否かについて検討する。

(一)  「職」、「氏名」、「採用年月日」及び「退職年月日」各欄の記載について

これらの情報は、公務員の地位に関する公務情報であり、これを公にすることにより公務員個人のプライバシーが侵害されるという性質のものではないから、本件条例一〇条二号の個人情報にはあたらず、開示すべきものである。

なお、控訴人は、職、氏名、採用年月日及び退職年月日は、県民による批判の対象となるべき事項ではないから、開示しなければならない情報には当たらない旨主張するが、これらの情報は、県民が県政に対する監視を行う上での基礎情報であるということができ、控訴人の主張は理由がない。

(二)  出勤及び出張に関する記載について

これらの情報は、当該職員が当該日時において職員として現実に当該職務に従事していたことを示すものであるから、公務に関する情報であるというべきである(なお、出勤に関する記載について、控訴人は、出勤簿に押印することは、その職員が定時までに出勤したことを証するにすぎず、その職員が現実に職務に従事していたことを表すことにはならないから、公務に関する情報といえない旨主張するが、定時までに出勤した職員は特段のことがない限り当該公務に従事していたとみるのが相当であるから、このような経験則を前提として、出勤の記載をもって、その職員が現実に公務に従事していたことを表す情報とすることに何ら不当な点はない。控訴人の主張は理由がない)。そして、これらの情報を公にすることが当該職員のプライバシーを侵害するものでないことは明らかである。

もっとも、本件出勤簿に押捺される当該職員の印鑑の印影について、印影自体としては、公務に関する情報ではないが、本件出勤簿に出勤(公務従事)の事実を示すものとして押捺される限りにおいては、公務に関する情報の一部となるというべきであり、一般に公務員が出勤簿に押捺する印鑑が、他人に知られたくないような重要な意味のある印鑑であるとは考えがたいから、これを開示することが当該職員のプライバシーを侵害するとも考えがたい。

そうすると、本件出勤簿の出勤及び出張に関する記載は、本件条例一〇条二号の個人情報にはあたらず、開示すべきものである。

(三)  職務専念義務の免除及び厚生事業への参加の記載について

職務専念義務の免除の記載は、当該公務員が当該日時において職務専念義務を免除されていたことを示すものであって、公務員の地位・資格に関する情報である。厚生事業への参加の記載は、公務に準ずる任務を行っていたことを示すものである。これらは、いずれも、公務に関する情報であるということができ、これらの開示が当該職員のプライバシーを侵害するものとも認められない(この点について、控訴人は、これらは当該職員にとって、職務に従事する義務がないという意味で、年次休暇の場合と異なるところはないので、公務に関する情報に当たらず、非開示にすることができる旨主張する。しかしながら、公務上の地位に関するこれらの情報は、公務を離れた私人としての休暇に関する情報とは明確に区別すべきものであり、控訴人主張のような観点で同一視することはできない)。したがって、これらの記載も、本件条例一〇条二号の個人情報にはあたらず、開示すべきものである。」

二 以上によれば、本件出勤簿に記載されている情報のうち、休暇(年次休暇、病気休暇、特別休暇、介護休暇)、育児休業、休職、停職及び欠勤の情報が記載されている部分並びに「前年からの繰越日数」、「翌年への繰越日数」の各欄の記載部分(これらのいずれかが出勤、出張、職務専念義務免除又は厚生事業参加の記載部分と重ねて記載されている部分も含む。)は開示しないことができるが、それ以外の部分は開示すべきであるというべきである。そうすると、本件出勤簿の全部について開示しないこととした本件決定は、右開示すべきであった部分について開示しなかった限度で違法である。

第四  よって、被控訴人の本訴請求は、右の限度で理由があるから、その限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官窪田季夫 裁判官氣賀澤耕一 裁判官本多俊雄)

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